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令和7年度スタート
本日は旧暦の「親鸞聖人降誕会」。お朝事にお参りいただきました。 お話は 慈悲とは何か。最初の慈悲とは、「初転法輪」にあるように、仏法が説かれることにあります。 人間が仏(自利利他円満)を目指し、まず「自分」を学ぶこと。本日は、そのようなお話をわかりやすくお伝えしながら、自ら...
YUUKO MORIUCHI
2025年4月1日


阿弥陀如来の救いの対象
真面目過ぎるな人には、もしかするとそれを他者にも求め、いい加減な人を「許せない」という宗教的、仏教的な罪が 不真面目な人はその行いによって共に生きるものに苦労を背負わせ、悲しませてしまうという罪が 清廉潔白、正しくいきたい人には、誰かを見捨て、人に関わらずに生きているという...
YUUKO MORIUCHI
2024年10月22日


息抜き
月は中秋の名月でした。 飛行機雲とお月様が重なっています。 そのあとすぐにお月様は上へ移動して見えました。 仏教に戒があるのは、仏になるため。もう少し身近に捉えるならそれによってのちに苦となる原因をつくらないためですが、...
YUUKO MORIUCHI
2024年9月18日


袖振り合うも多生の縁
「袖振り合うも多生の縁」 とはよくいったもので、1億2千程の人がいるなか、たまたまご縁あって、会話をさせて頂く方々。 生まれ変わりしてきた過去世からの たわいもないご縁で、今世もこのタイミング、出会っているのだと昔の人は考えていたようです...
YUUKO MORIUCHI
2024年9月10日


気付きのないところに救いはない
私の頂いている浄土真宗の教えは、阿弥陀如来の智慧(光明)に照らされた者が、煩悩具足の凡夫(業縁によれば、十善戒、五戒を徹底して守りきれない者)と信知したとき、如来の本願力(慈悲)によって信心(智慧)を賜り、臨終の一念に成仏(覚者と)させて頂く教えです。生前は成仏が定まったその歓びから念仏を称え、その人生のなかで、常に我が身を省みる思考パターン(自己中心性をみておく)となり、自利々他(無分別智)を意識し、報恩の人生を歩ませて頂く生き方へと転換されていくというものです。その生き方は多様性をもち、不完全でありながらも、その人らしく、毎日の心の持ち方や仕事、社会活動としても反映されていきます。 そして、臨終の一念には、仏(この世の真実、無我・縁起に目覚めたもの)の智慧と慈悲のはたらきとなって、迷いの世界にいるご縁ある方々を自由自在に導く教えの存在となります。生きている側から見れば「良き先祖」になるといえるでしょう。 そのはたらきは、あなたの称える「南無阿弥陀仏」として現れます。その意味を聞いていくのが、浄土真宗の仏事です。 阿弥陀如来の前で念仏を称えなが
YUUKO MORIUCHI
2024年6月17日


紫陽花 今年の顔ぶれ(様々な品種)
多種多様な紫陽花たち。 それぞれ違って、それぞれにきれいです。 毎年、紫になるか青になるか、濃いピンクになるか、それも分かりません。 自分には何が合っているのか、進路でも仕事でも、もしも選択に迷ったら、ご先祖の中にそのヒントがあるように思います。...
YUUKO MORIUCHI
2022年6月20日


オープンお朝事
オープンお朝事で、誰よりも一番清々しい効果を得ているのは、実はこの私。 扉全開し、冷え澄んだ堂内で、蝋燭のみの灯りのなか、15分ほど読経に集中。 一日一回なんとも言えないこの神聖な時間にはまっている。 無始より続く、明け方に強くなる漠然とした人間としての不安が、これで一気に...
YUUKO MORIUCHI
2022年2月22日


555年目の節目の年
これからお彼岸法要が始まる。奈良は緊急事態宣言も出ていないし、どう考えても封じ込めるということなんて不可能で、今後はwithコロ〇でやっていくしかもうないのだと思うし、秋季彼岸会法要も報恩講法要も拙寺はお勤めさせていただく予定。...
YUUKO MORIUCHI
2021年9月13日


罪滅ぼし
私は煩悩だらけですよ、と、あちらこちらへ聴聞に熱心で、ご自身を厳しくみつめておられる方。 また、「罪滅ぼし」に、と言って、快く手伝ってくださる方。いつも、協力してくださる時に、 謙虚に、冗談めかして、そう言われているだけなのですが。 仏教でいうところの罪はまず...
YUUKO MORIUCHI
2021年6月5日
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