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祖父との約束を思い出す日
本日3月25日は、前々住職である祖父・龍覚院釋青水の祥月命日でした。 そして、祖父の時代に善照寺の修繕に関わってくださった方の奥様が本日お亡くなりになりました。同じ命日となりました。 小学生の曾孫ちゃんが、頭がいたくなるほど、号泣していました。優しいおばあちゃんの死。 初めて「死」を目の当たりにして恐ろしかったのでしょう。 思い返せば、私が小学6年生になる前の春休みのこと。この日の亡くなった祖父の枕元で、私は「お寺は私が継ぐから、任せて」と、勝手に約束をしていました。「任せて」だなんて……(笑)。 大好きだった祖父の影響を受け、つい別れ際にそんな誓いを立てたことを、今でも鮮明に覚えています。 初心忘るべからずの日 釋 善優 #龍華山善照寺 #安堵町 #環境保全 #根上がり松 #春 #森内優子 #森内善優
YUUKO MORIUCHI
2025年3月25日


気付きのないところに救いはない
私の頂いている浄土真宗の教えは、阿弥陀如来の智慧(光明)に照らされた者が、煩悩具足の凡夫(業縁によれば、十善戒、五戒を徹底して守りきれない者)と信知したとき、如来の本願力(慈悲)によって信心(智慧)を賜り、臨終の一念に成仏(覚者と)させて頂く教えです。生前は成仏が定まったその歓びから念仏を称え、その人生のなかで、常に我が身を省みる思考パターン(自己中心性をみておく)となり、自利々他(無分別智)を意識し、報恩の人生を歩ませて頂く生き方へと転換されていくというものです。その生き方は多様性をもち、不完全でありながらも、その人らしく、毎日の心の持ち方や仕事、社会活動としても反映されていきます。 そして、臨終の一念には、仏(この世の真実、無我・縁起に目覚めたもの)の智慧と慈悲のはたらきとなって、迷いの世界にいるご縁ある方々を自由自在に導く教えの存在となります。生きている側から見れば「良き先祖」になるといえるでしょう。 そのはたらきは、あなたの称える「南無阿弥陀仏」として現れます。その意味を聞いていくのが、浄土真宗の仏事です。 阿弥陀如来の前で念仏を称えなが
YUUKO MORIUCHI
2024年6月17日


ようこそ、お参りくださいました。 はじめまして、住職の善優です。
本日から、お寺の日常に起こったこと、仏教のこと、行事のこと、考えたこと、お寺を取り巻く有縁の方々の事、ご協力頂きたいこと、徒然なるままにお伝えしていきます。 どうぞ、よろしくお願いします。 南無阿弥陀仏
YUUKO MORIUCHI
2021年5月28日
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