
浄土真宗本願寺派
龍華山
善照寺
仏陀から七高僧、親鸞聖人に続く教えを基に、この世に「生まれ・生きる」から「老・病・死」の苦を超えて、「お浄土」に生まれる価値を伝えるお寺です。
開山(応仁元年1467年)から、今年560年目。その長い歴史に触れながらあなたの一つの立ち寄り場所としてください。血縁で続く第九世住職は、女性です。
善照寺の歴史
奈良県生駒郡安堵町にて1467年(応仁元年)念仏道場として開山。560年の歴史。
開山の年に、浄土真宗中興の祖、本願寺第八世蓮如上人(1415~1499)直筆の六字名号「南無阿弥陀佛」を賜りました。明治の教育改革「学制」では、第5世住職諦円の頃、寺院内に町内初の「明倫館」という小学校がありました。神仏分離令による廃仏毀釈運動が盛んであった時代には、諦円は、法隆寺西室で法話をして門徒を集め、法隆寺を支えた僧侶の一人でもあったとも言われています。第七世住職龍覚院釋青水は、長く安堵町の教育委員長を務め、またその妻(坊守)光江は昭和30年頃から15年間、地域の子供たちの学力向上のため、寺で私塾を開きました。代々住職や坊守は、教育に携わるという「寺の伝統」を受け継いで参りました。第八世住職顕龍院釋之行の時代には、平成22年親鸞聖人750回御遠忌法要の一環として、比叡山延暦寺無動寺谷大乗院より「蕎麦喰木像」のご下行をうけ、光永覚道大阿闍梨を導師として法要を勤修。
また、境内に鎮座する「冨生(ふしょう)の松」は、樹齢およそ300年。この松は、江戸時代中期、福井県越前市蓑脇町付近にあった「冨生村」より水路で運ばれてきました。盆栽の松を大きくしたような根上り松。根が地上に盛り上がるようにして作られたのが特徴で、近年観光客も訪れます。
【メディア掲載情報】
産経新聞(奈良)「なら再発見」2014年8月2日掲載
http://www.stomo.jp/3k_kiji/3k140802.html

善照寺の周辺
善照寺の傍には、古来より「太子道」や「業平道」が通っています。「太子道」は聖徳太子が斑鳩宮から飛鳥まで愛馬の黒駒で通ったとされている道。また「業平道」は在原業平が天理櫟本の自宅から河内高安の姫の元へ通った道と伝えられ、この二つの道は今も観光客が訪れます。そして、「冨生の松」や「業平道」と共に安堵町の名所である「芦屋道満の屋敷跡」が寺の10メートル南側にあります。道満は平安時代の有名な陰陽師安倍晴明と術比べをしたと伝えられる人物です。
徒歩30分ほどのところには、法隆寺。風の流れのよい日には、梵鐘の音が聞こえてきます。










