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YUUKO MORIUCHI

その立場に立って初めて分かること

更新日:11月16日

こちらの写真は、以前友人といった「吉田山荘 カフェ真古館」での。


この一週間は、私が人に行ったことを、別の人から同じようにされるということを繰り返している気がします。相手の嫌がることをしたという話ではないのですよ。ただ、自分が受け身の立場に立ってみると、「こういう感じか」と知ることができました。相手の時間を安易に頂いて(もしかしたら奪って)いたと反省。プライベートの話です。それでも友人は優しかったことに感謝。ただこれからは、その優しさに軽々しく甘えてはいけないなと。

逆にわたしは出来る限り、ご奉仕をさせて頂かないといけない立場。僧侶こそ「傾聴」の役割を担う人でした。

友よ、ありがとうございました。仕事で夜まで忙しくしているだろうのにね~ 


今日は秋晴れで、そろそろ一周忌を迎える方のご納骨が数件ありました。改葬の読経のご相談もある。親世代から既に離郷されている次世代の方からのご依頼のため「はじめまして。続いて、さようなら」という一度限りのご縁です。


お墓で読経をしていると、久々に、三年ぶりぐらいにお見掛けするご家族もあって、小さい子供たちもお参りしている様子を見て、また時が過ぎたことを実感いたします。

また、私が若いころに威勢の良かった方が、御老人になったお姿を見て、少し切なくもなり。諸行無常、老いるのは当たり前の事ですが、何故か老いを切なく感じてしまうのも、また煩悩のせいなのか。

最近の心境としては、どのような出会いも自分を知らしめるための良縁であったと一つ一つが鮮やかに見えてきて、何でも愛しく思うのは、青い秋空のせいなのか、私の命が半世紀過ぎていずれ期限のあることに焦り始めたからなのか。毎日、さまざま人間模様、出来事はあるけれど、穏やかに感じて、一つ一つが愛しく思い、気分もよい感じがいたします。


あぁ、浮世の出来事に対しては、そこそこで見ておくのがいいな、とさえ思い、半年前はこだわっていたことについても、今となればあまり関心もなくどーでもよくなっております。


人の心も諸行無常。


今年は2、30年前に会って、少しだけ印象に残った人たちとご供養の件で、再会することが多い年でした。

あと1か月半で2025年。

お寺に居れば、来年もまた新たな出会いと再会があるでしょうね。

少しだけ、面白くなってきました。

イエイ😃✌️








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